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ゔぁみゅーだとらいあんぐる

雑記帳です。ほんとうにノリと勢いだけで何でも書きます。タイトルは作った翌日に先輩につけてもらいました。

「電車の顔」

鉄道

あー久しぶりに何もしない日だった。いや、TOTEVEとWHUCHEの2試合丸々見て書類を少し整理しました。チェルシーが快調で何よりです。

 

久しぶりに何を書くかというと、一個しかまだエントリーしてない鉄道ネタです。

某団体の機関誌に寄稿しようということで、締め切りおそらく秋頃だし、だいぶのんびりやってます。

 

さて、前回のエントリー。

hibari-214.hatenadiary.com

 

そもそも何に関心があったかというと、似たり寄ったりな顔してる電車っているよなーということだったわけです。例えば、「251とマリンライナーはまなす」とか「新京成8900と京王8000」とか。設計をどちらかに合わせた(*1)とか、どちらかがどちらかの派生型であるとか、そういうことがありそうもないような組み合わせで似てるなという印象を持つものは結構あって、そういう部分にどうアプローチかけたら文章にできるかなーと考えている最中です。

 

さて、上に挙げた先のエントリーでは、海外の鉄道車両デザインとの相関関係を調べれば、なんとなく見えてくるものがあるのではないか、という示唆を得ることができます。たぶん。

ただ、すべての車両がなんらかの海外製の車両から影響を受けたデザインをしているかというと、そうではない、ということは容易に想像がつきますね。そして、そうだとすると、国内の車両でもデザイン上の影響があってもおかしくはないはずですよね。もっとも、「デザイン上の影響」を何を持ってそれとするかという問題はありますが(*2)。

 

というわけで、今回当たってみた記事は次の通り。

RJ取材班「電車の顔の見せどころ」

末吉史樹「東京メトロ版 電車の顔」

柳佑太「鉄道車両の前灯」(いずれも『鉄道ジャーナル』2011年10月号より)

どれも参考になりました。いちいちまとめはしません。

 

というわけで(どういうわけか)、なんとなく今後の方針を記して今日は終わり!

 

*次の項目に絞って、車両の顔を分類して表にまとめてみる。

 ・貫通扉の有無(有・無)

 ・貫通扉の位置(左・中央・右→5段階にしてもいいかも)

 ・窓の枚数(1・2・3 くらい?)

 ・窓の高さ(どう区切るか悩み中)

 ・全体の前面形状(どう分類するか悩み中)

 ・ライトとライトケースの形状の違い(有・無)

 ・ライトの形(丸・三角・四角・他?)

 ・ライト(ケース)の数(2・3・4 くらい?)

対象:『鉄道ファン』付録の「新車カタログ」掲載車両すべて

 

その後、何がいえそうかとかは知らない!色についても今回は知らない!

 

年代によって傾向が出たりすると面白いんだけどね。

 

*1 設計や部品を他の車両と揃える動きについては次の記事を参照。

通勤型電車はなぜ、「似たもの同士」が増えた? | 通勤電車 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

*2 デザイナーに「そんな他社の車両なんて見てないよ」と言われると、弱ってしまう気もしたのですが、自分は自分の「似ている…!」という感覚をまず表現してみたいので、とりあえずは置いておくことにします。

メタ的な話???〜渋谷らくごと飲み会をふまえて(みたい)〜

感想 雑記 落語

 

2月11日(土)、14:00〜のしぶらくに行ったのです。神田松之烝さんを除いて生では初めて、聴かせていただきました。

 

ろっくんさんのマクラと棟梁の滑舌で笑わせてもらい、お馴染みの濃い演出の松之烝さん、「落語っぽい講談」で大笑い、中入り挟んで左談次さんの「宿屋の富」(上方の「高津の富」じゃなくて、江戸落語としての富噺、初めて聴いて面白かったです。もともとどっちの話だったのかとか気になるけど。)、春蝶さんのだいぶさわやかな(!)「芝浜」…相変わらず流れは完璧で、すごいなあ。キュレーターの腕前なのかなあ、噺家のみなさんの腕前でもあるよなあ、なんて思いつつ。

 

そのあとは、半期お仕事(?)でご一緒させていただいたみなさんと反省会という名の飲み会。こっちも飲み会とは言いつつ(そのおふざけ感というか、緩い感じもありつつ)、いつもちゃんとした論点があがるから楽しいわけです。

…それで、そんな1日を過ごして、雑記としてちょっと書きたくなったことがあった(ということにしてみて、)ので、ノリと勢いで黒霧島に酔っぱらいながら書きます。

 

 

時系列無視して飲み会の話からします。その飲み会は、いや、その人たちで集まったらそういう会になるよねーと分かっていながら、しかしやはりぼくにとっては少し特殊な場で、ちゃんと議論になる時間帯があるんですね。しかも突然始まるの。新婚さんたちののろけなのかなんなのかわかんない話含めて、勉強になるし、楽しい。

 

突然始まった話の中には「誕生の哲学」「死の哲学」「生成と消滅の哲学」はあるのに「出産の哲学」がないよね、誰かやれよ、みたいな話もありつつ、一番印象的だったのは「メタ認知は救いになりうるか」というようなことを話した時間でした。

 

メタ的に何かを把握することって、自分の(行為の)偶有性に気づくことに繋がるよね、と。それって「そっか、今とは違う別の可能性もあるんだ!」という救いになりうる。でも一方で「そっか、今とは違う別の可能性もあるけど、ぼくはそうはできない(なれない)よね」という悲しみつらみにもなりうるよねって話(だと理解したよ!)。要はメタ認知ってすごいよく語られるけどそんなにいいこと?特に学習っていう観点からはめちゃくちゃいいこととして説明されるけど、日常的な例を考えると地獄になるときない?って話。だったような。はい。

 

  • 松之烝さんの大工調べと芝浜への言及

 

さて、話は戻ってしぶらく。二番目に出てきた松之烝さんが枕の中でかなり早い段階で言及したのは「今日トリの春蝶さんは、芝浜やるみたい」という旨のことでした。そのあと三番目の左談次さんが「ぼくは結構気にするタイプなんですよ、こういうの」って出だしで笑わせてもらったり、ぼくとしてはとても面白い(マジで爆笑した)流れでした。

 

でもまず、ぼくは今日落語聴くの初めてな人を連れて行ったので、ちょっとそこは、ある種のリテラシーを求めるユーモアが仕掛けられることで疎外感を感じないかどうか心配したところでした。でもこれが言いたいことじゃなくて。

松乃烝さんの、「トリは芝浜ですから」という言及、それから一番目のろっくんの「大工調べ」を参照するような言及(「隣の長屋では棟梁が大家に啖呵切ってんだ」)は、いや寄席の世界ではよくあることと言い条、すごいメタ的な言及だよなあと感じました。自分の出番前後の演目を気にするということは、このしぶらくのこの回、その場について考えて発言するということに他ならないから。そして「このあと左談次師匠が芝浜で重ねてきたらびっくりですよね」という発言含め、それがちゃんと笑いに昇華するって実は日常的にもやってる気がするし、しかしやっぱり技巧的にそれをやってのけること含めてすごいなと思った次第です。

 

でも、なんというか松乃烝師は「大工調べ」を参照するとき、直前の一瞬すごいニヤッとしたので、そのニヤケの謎解き感もあって、うん、すごい。引き込まれちゃうよそんなことされたら。

 

  • 春蝶さんの芝浜

 

さて、そのトリの春蝶さんの芝浜。「五人の男女への返答」ということで始まった、これまでとは一線を画する設定の(もはや新作なんじゃないかってくらい)芝浜は、泣けるし笑えるし最高でした。初めて落語聴く人を連れてってよかったよかったって思いましたね。はい。

 

それで、「これまでとは一線を画する設定」の中身は言ってしまうとつまらないから言わないけど、自分のパフォーマンスに対する「五人の男女」のコメントへの「返答」という仕方で、芝浜の設定を自分なりに再構成したこれから行うパフォーマンスについて、前もって説明する、という行為自体も、どこかメタ的な認識が関わっている気がする。つまり、これまで自分がどのような経緯を辿ってきたのか、これから数十分に渡って自分は何をするのか、といったことを俯瞰できないとそのような説明、というか宣言はできないはずだからだ。

 

何かがなんらかの意味で磨かれるとき(洗練されるとき)ってこういうことが起きてるんじゃないか、と思わせるような事態ではあると思うんですよね。でもどこまで一般化できるのかはやっぱりよくわからない。

 

このあたり、ぼくの以前のエントリー「冗長に、言い訳しながら、発表する自分について - ゔぁみゅーだとらいあんぐる」を含めて、一体なんなのか、という気がして興味深い。そもそも、春蝶さんにしたって、事前にそんなこと言わなくてもよかったのかもしれないじゃない?でも、それがユーモアになるときもあるし、ユーモアにならなくてうざったい長ったらしいことになるときもあるし…。

 

…という話を「君がTwitterに今日の飲み会楽しかったか投稿しないと気になっちゃうよね」という話を受けて(師匠たちに届かないかな、届かないよな、とか思いながら)書いてみました。

 

 

…とか書くと、これは面白いということになるのか?もうこの辺になるとわかんないぞ?

 

 

……とか書くと……

 

 

 

 

…さて、このあともメタ認知をめぐるぼくの思索はなんとなく続いていき、どれだけぼくがそのことによって悲しみを背負うことになるのか気になるところではありますが、今日のところはこの辺りで失礼させていただきます。(深いお辞儀)

あ〜終了〜

感想 雑記

ただただかっこいい。ぼくも「まいぷらぎんべいべー!」って叫びたい。意味わかんないけど。

 

www.youtube.com

 

 そんな感じで迎えた昨日、

 

ardacoda.com

 

に行って、修了証をもらいました。

もらったからどうなるのかはあまりよくわかりません。

 

レクチャーと哲学対話の体験を交互にやりつつ、午前(入門講座)と午後(実践講座)で計7時間くらいだっただろうか。午後のファシリテーター体験は最後の方すごい疲れてた。 

 

普段、哲学対話をしていても出会わないような人たちがたくさんいて、よい経験になりました。そして、ああいう場があることはとても大切だと思う。哲学対話を知っている人/哲学対話に関心がある人は、案外多いのかもしれないということが、そこに行けばわかるから。

 

合間合間に何回か質疑の時間が取られたのだけど、そこで出てくる質問がまたすぎょい。覚えているもの(印象的だったもの)を並べてみる。

 

・真偽を確かめる(ために質問する)ことと「答えを出さない」ことの違いは何か?

・答えを出さないで対話を終えるってどうすればいいの?

・こども哲学とおとな哲学の違いは何か?

・哲学対話や哲学することには、今のご時世、どのような意義があるか?

・哲学対話や哲学するときに、「こども」にこだわるのはなぜか?

・実際、社会に出て一人で哲学対話的な態度を取っていても、何にもならないのではないか?

・哲学対話の場の満足度を上げるためには何をしたらよいか?

・哲学対話中の沈黙は、ほんとうに安全なのか?

・学校の教科の授業で取り入れるとき、評価はどのようにすればよいのか?

・こどもたちは、他のこどもが出した問いにも付き合ってくれるのだろうか?

・こどもに対して哲学することの意味を説明するとき、どうすればよいか?

・哲学対話と話し合いの違いは何か?

・一人の子がずーっとしゃべり続けてしまうとき、どのように対処すればよいか?

などなど。

 

普段からこういう活動に関わっていても、うまく答えが出ないまま、ずっと付き合っている問いがいくつもあるように思われる。そして、答える側のアーダコーダの講師陣のみなさんは、それぞれの多様な経験から考えるとどのように答えうるか、ということを、一生懸命にその場で考えてくれていたように見えた。ときに「私たちにもわからない」「まだ自分も考えている」という言い方をしながら。(そして、情報を求めて話を振られてびっくりしたりもした。自分ももうそういう立場なのだろうか。)

 

とにかく、よい講座でしたよ。(高いけど)

というお話なのでした。

 

悟りなどではない!!

雑記

書きたいことをノリと勢いで。

 

ぼくは間も無く終わる学部生としての大学での生活の中で、7つくらいの学生サークルと関わりを持ち、うち3つか4つくらいのサークルの運営に関わってきた。

 

どのサークルも、はたから見ればたわいもない、学生の集まりだ。などと言えるようになったのは、サークルを取りまとめる立場にいきなり立ったのだ、とおこがましくも自覚したときだったかもしれない。それまでは、そんなこと考えもせず、ただ呑気に、無責任に暮らしていた。気がする。

 

その後、ぼくの関わったサークルはいい意味でも悪い意味でもどこか吹き溜まりのようなところだった。

 

どうなのだろう。ぼくのいたサークルの人たちにとって「吹き溜まりのようなところ」という表現はどう響くのだろう。いずれのサークルでも「ゆるく」「たのしく」「心地よく」みたいなことが重視されていた、ようにぼくは認識している。それぞれ意味合いは違えど、なんらかの意味で「心地よい」居場所を求めて、その場を創ったり、その場に集まったり、その場からいなくなってみたりしていた、ようにぼくには見えた。

 

そんなサークルだから起こったのかなあ。

 

要はいろんなこと考えたくないっていう態度を多くの人がとってしまうってことだ。どのサークルでも経験したと思う。かの「もうこれ考えるのやめたいみたいな雰囲気」現象である。

 

ぼくはそういうときこんなことを思っていた。
「会計の仕方について話すとどんよりするってことは、みんな年度初めに払った部費はドブに捨てた感覚なんだろうか」「会則について話すとどんよりするってことは、誰かが突如サークルを掌握して独裁を始めてもいいと思ってるんだろうか」などなど。幼いと思われるかもしれないけれど、ぼくにとってはほとんどのことが自分や自分の周りにいるひとの居場所を懸けた何かだった。

 

でもほら、考えたくなさそうだし。
そしてぼくは、別にいまどうにかしなきゃいけないことでもないか、と思ってみたり、あとで一人で考えときゃいいか、と思って先延ばしにしてみたり、そういうありがちな孤独感に従って拗ねてみたり、でも多少は頑張らなきゃと思って必死になってみたり、していた(頻度順)。

 

そんなことを繰り返していると、あるサークルでは「老害」と言われてみたり、あるサークルでは「神のような存在」「サークルを熟知し、何かを悟ったかのように課題を考え出す人」と形容されてみたり。どっちもどっちだし、勘弁してほしい。別に意地悪したくて言ってるわけじゃないし、何かの悟りに基づいて修行のように何かを考えてるつもりもなく、心地よく過ごして、心地よく過ごすためにどうすればいいかなーと考えてるだけだ。

 

どうやら、何かについて考えたい人と考えたくない人がいるらしい。今回はそういう話に落ち着いた気がする(たぶん、次サークルでの日々について考えたら違う話になってるから、またどこかで書く)。

 

ぼくがわからなくなったことを書く場所になってるよね。

冗長に、言い訳しながら、発表する自分について

雑記

卒論ゼミでの最後の発表が終わった。卒論の内容を7、8分ずつ話して質問を受けるという場だった。

 

ぼくの発表についた(卒論それ自体ではなく、発表)コメントは次のようなものである。

・頭のいい人が喋っている
・自己卑下が多い
・ウザい
・無駄にハードルを下げている

 

そう見えるんだろうなと思う。

 

冒頭、「このゼミで一番つまらない発表だからトイレに行くなり、お茶飲むなり、リラックスしていてください」と前置き、「出来も自分では満足していない」などと言いながら、卒論の構造を説明し、調査対象となった「教室での哲学対話」について説明し、「やっぱりうまくいかなかった」「レジュメに書いてあるから、興味ある人はお家で適当に読んでください」などと言って考察部分の紹介を端折った。ぼくは、他の人に比べてこういうことをしがちだ。

 

みんなはいつだってちゃんと自分の書いたものや取ってきたデータについて説明していて、ほんとうにえらいと思う。

 

レジュメを作るとき、そんなことを自分が言うだなんて全く想像していない。いつも忘れたかのようにレジュメを一から読み上げるんだくらいの気持ちで作っている。今回も実はそうだった。当日の朝、電車の中で赤を入れて「ここはこうやって飛ばして、ここを重点的に説明して、哲学対話なんて初めての人が多いからここは押さえないと…」なんていう作業もしている。でも、みんなの発表を聞いているとそんなことはほんとうにどうでもよくなる。

 

自分は満足していないし、ましてや誰かを唸らせる何かを書けたわけでも、誰かを納得させられるような何かを言いたいのでもない。一応、限られた時間の中でも「何か読んだ人にとって意味のあるものを」と意気込んで書いていて、でもぼくの中ではそこに至らないのだ。このことをまず伝えなければならない、と思ってしまう。

 

それは何かのハードルを下げているのだろうか。

 

なんか、ぼくのある種のアイデンティティを守るためのパフォーマンスである気はする。頭のいい人としてゼミにいたいのかもしれない。そうしたときウザがられるのは、なんとなくわかる。でも、そんなこと考えながら話してるわけじゃない。

 

ただ、あの場で何かを喋ろうとするとそうなってしまうのだ。

 

実習生として教壇に立ったときも、企画で司会をやらせていただいたときも、同じような感じが漂っていた気がする。ああいう仕方以外の「なにか」の崩し方をぼくは知らないのかもしれない。

 

どういうことなんだろう…。

今日ぼくは何に怒り、何に悲しみを覚えていたのか

雑記 感想

東京03のコントに「蓄積」というものがある。
年末の検索ちゃんネタ祭りでやっていた気がする。
そんな話をしたところだった。

 

哲学Cafeありとぷらは、去年の春頃から月1ペースで開かれている10代のための哲学対話の場だ。もうすぐ22歳になるぼくは「名誉十代」として、場所の工面やら大人たちとのやり取りやら、学生コーチのような役割で参加している。今日初めて打ち明けてみたけれど、実はもうほとんど必要ない役割なんじゃないかと思っている。ともかく、今日は今年初めての活動日だった。コミュニティボールを忘れ、松屋で昼を食っていたら到着がギリギリになるという、ぼくにとってはあまりよいと言えない始まりだった。

 

信州哲学カフェに参加してから、なんとなくずっと頭に残っていたのが「ほどよく怒れていますか?」というような発言だった(例によって細かい表現に自信はない)。問い出しのときに「大きな声とか苦手だし、自分は怒らない人間なのだけど、でもずっととろ火で怒ってる気もする」という前置きがあって話されたのだったと思う。

 

ほどよく怒るってどういうことだろう。
というか、怒るってどういうことだ。
みたいなことが、ぐるぐるしていた。

 

ほどよく怒るとはどういうことか。
今日の哲学対話では、ぼくのその問いが選ばれた。
そのまま問いとして提出したのがよくなかったのかもしれない。一時間少々経っても対話はあまり進展した感じがしなかった。でも、ぼくとしては怒るということや叱るということにかんして、少しずつ考えが進み始めていたところだった。

 

かの、もうこれ考えるのやめたいみたいな雰囲気は、学校で散々食らっているし、慣れているはずだった。でも、「あと1時間20分もこの問いでやるの?」という言葉がぼくにとっては決定打だった。それから、「ぼくはみんなで考えてみたかったからこの問いを出したけど、付き合いたくなかったら問いを変えたほうがいいんじゃない?」ということを言った。そのあとはずっと泣きそうな顔をしていたと思う。あのとき確かにぼくは、悲しんでいたし、怒っていた。

 

もうほんとうに泣き出してしまいそうで、その場にいられなくなって、一人で会場近くのカフェで500円もするエスプレッソと泡だてたミルクを混ぜたみたいなやつを飲んだ。ああどうしようどうしようと思う一方で、そのようにしかできなかった自分が悪いともあまり思えなかった。ただただ年長者としてみっともないだけだから、それくらいのことなら別に受け入れられるでしょ、と自分に言い聞かせつつ、何に強い悲しみを覚え、何に怒っていたのかを考えた。この頃になると、ぼくが怒るときは決まって何か言いながら泣き出してしまうということを思い出していた。

 

それで、そのとき考えたことはこうだ。
ぼくは単に気になっていたことをそのまま表明した(言葉選びとか、あとあと対話することとかを考えると、もっとうまい問いの立て方があったかもしれないな、と後になって思う)。そのことを後悔させられている感じがしたことに、怒ったのだろう。ある意味では、「そんな場であっていいのか」みたいなことかもしれない。でも、その責任や原因を帰属する先はない。だから、悲しかったのだろう。後悔させられたのは決定打となった発言のせいではない。たぶん、それはなにか決壊みたいなもののきっかけに過ぎない。うまく言えないけれど、もっともっと長い、いろんな感情の蓄積が、その悲しみには篭っていた気がする。細かくは言わないけれど、いろいろな人といろいろな対話を思い出したから。

 

そのことが少し整理できて落ち着いたので会場に戻ると、メタダイアローグをやった上で次の問いの対話に移っていた。なんだかほっとした。

 

怒るということについて対話していたら、ほんとうに怒ってしまった。でも誰に怒ったらいいのかわからなくて悲しくなって、やっぱり自分弱いな、もっと強くならないとかな、と思いつつ、そんなの可能なのかと思った今日でした。

 

…って言われてもねぇ。。

 

…大変ご迷惑をおかけいたしました。。

2017年、哲学対話初め。

感想

信州哲学カフェに行ってきた。しなのに乗っていたのはそういうことです。

 

主催(?)のはてなさんによるレポートはこちら。

 

ぼくのように信州と無縁な人も参加し始めたこともあり、想定以上に人が集まったみたいでした。哲学対話や類する活動に携わる多くの教員(こっちはほとんど信州に関係のある人だったけど)が集結したこともあり、結果としてはお祭りのような感じにもなりつつ。

 

小雪ちらつく中、赴きある雰囲気のシンカイさんでやる対話はとてもよかったです。

 

一人ずつ自己紹介(これで多分40分くらい)→問いだし→(とりあえず)多数決→対話という流れでした。問いは5,6個出たんだけど、ふるさとに関する問いに決まり(ある意味では予想通りだった)対話する中で、選ばれなかった問いがふるさとというキーワードとどう関連付けられるか、みたいな話も意識的にか無意識的にか発言の中に垣間見えて、面白く、かつ真剣に他の参加者の話を聞くことができた(懇親会で細かいところを聞き逃しまくっていることが明らかになってショックだったりもした。真剣だったんだもん。)。

 

感想は、実はほとんど翌日のはてなの通常回にお邪魔したときに言ってしまったんだよな。大まかに言うと、①雰囲気がよく居心地がよかった、②自分にとって重要な気づきが複数あった、③でも「哲学していたとは言えない」と主張することはできそう、という三点。

 

①雰囲気がよく居心地がよかった

それはなぜか、みたいな話は、いつも考えはするんだけど考えてもよく分からないことなので、ここで留めます。おやき、三つも頂いちゃって、美味しかったです。

 

②自分にとって重要な気づきが複数あった

ありました。

ぼくの住処は1歳の時から東京郊外の新興住宅地で動いていないので、開発によって景色は徐々に変わるし、しがらみも感じないし、家のお墓は全然違う所にあるし、便利かと言われると便利だけど?うーん、とにかくふるさとっていう感じが全然しない。まずこのことが一つ。ぼくにはふるさとがないのかもしれない。

そうか、「土地への愛着」ね。ふるさとが場所であるっていう前提から抜け出すとどうだろう、自分にとってふるさと的に機能するほかの何かはあるのかな、と考えたときに、一番最初に浮かんだのは中学時代の人間関係。だけど、なんか疎遠だし、いま帰れる気もしないし、あの頃とは変わってるじゃんって感じがする。帰れなさを感じる。帰れないとふるさとじゃないのかもしれない。

学校はどうだろうか。母校には今も行っているけれど、ふるさとかな。ふるさとじゃないよ、母校だよ。

 

逃れられないけれども、居心地はよくない。だから、なんとか居心地を良くしようと対話をしている。

自分にとって大切なもの、人がいなくなってなお行くところ、つまり骨を埋めたいところなのかもしれない。

だから、教員になりたいのかな。そうなると、ちょっとここには書けないけれど、すごくすごく大変な学校との結びつきがぼくの中にあるのかもしれない。というか、そう考えると、なんとなく教職課程に登録しちゃったことも、P4Cに吸い寄せられちゃったことも、その結果長野に行ったりしてることも、しっくりくるかも。大発見。

(細かい表現は忘れたので、引用部ははてなさんのレポートからそのままです。)

 

③「哲学」対話だったかな?

(もうこの辺の話は耳タコなのですが…)明示的な問いが対話の中に僕のものと全体へのアンケートみたいなの二つの計三つくらいしかなかったと思う。基本的に、対話自体は「ふるさと」というキーワードに関して、いま自分が考えていることをそれぞれが別個に(しかし様々に関連しながら)話していく感じだった。対話っぽさはあったけれど、ガチガチゴリゴリ感はぼくにとって微塵も感じられず、しかし結果的に哲学っぽい点はいくつもあって、「なんかよかった」って感じ。いや、いつも哲学対話ってそんな感じなんだけど。

 

一泊して、次の日は朝から湯田中温泉に行きおさがりの253とHiSEに無事乗車、午後ははてなのお一人に長野を案内してもらいました。温泉あり、善行寺あり、お土産あり、酒造あり。ほんではてなの通常回に1時間だけ顔出させてもらって、バスで帰ると。

 

よい、年の始まりでしたね。おみくじは末吉だったけど。