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ゔぁみゅーだとらいあんぐる

雑記帳です。ほんとうにノリと勢いだけで何でも書きます。タイトルは作った翌日に先輩につけてもらいました。

あ〜終了〜

ただただかっこいい。ぼくも「まいぷらぎんべいべー!」って叫びたい。意味わかんないけど。

 

www.youtube.com

 

 そんな感じで迎えた昨日、

 

ardacoda.com

 

に行って、修了証をもらいました。

もらったからどうなるのかはあまりよくわかりません。

 

レクチャーと哲学対話の体験を交互にやりつつ、午前(入門講座)と午後(実践講座)で計7時間くらいだっただろうか。午後のファシリテーター体験は最後の方すごい疲れてた。 

 

普段、哲学対話をしていても出会わないような人たちがたくさんいて、よい経験になりました。そして、ああいう場があることはとても大切だと思う。哲学対話を知っている人/哲学対話に関心がある人は、案外多いのかもしれないということが、そこに行けばわかるから。

 

合間合間に何回か質疑の時間が取られたのだけど、そこで出てくる質問がまたすぎょい。覚えているもの(印象的だったもの)を並べてみる。

 

・真偽を確かめる(ために質問する)ことと「答えを出さない」ことの違いは何か?

・答えを出さないで対話を終えるってどうすればいいの?

・こども哲学とおとな哲学の違いは何か?

・哲学対話や哲学することには、今のご時世、どのような意義があるか?

・哲学対話や哲学するときに、「こども」にこだわるのはなぜか?

・実際、社会に出て一人で哲学対話的な態度を取っていても、何にもならないのではないか?

・哲学対話の場の満足度を上げるためには何をしたらよいか?

・哲学対話中の沈黙は、ほんとうに安全なのか?

・学校の教科の授業で取り入れるとき、評価はどのようにすればよいのか?

・こどもたちは、他のこどもが出した問いにも付き合ってくれるのだろうか?

・こどもに対して哲学することの意味を説明するとき、どうすればよいか?

・哲学対話と話し合いの違いは何か?

・一人の子がずーっとしゃべり続けてしまうとき、どのように対処すればよいか?

などなど。

 

普段からこういう活動に関わっていても、うまく答えが出ないまま、ずっと付き合っている問いがいくつもあるように思われる。そして、答える側のアーダコーダの講師陣のみなさんは、それぞれの多様な経験から考えるとどのように答えうるか、ということを、一生懸命にその場で考えてくれていたように見えた。ときに「私たちにもわからない」「まだ自分も考えている」という言い方をしながら。(そして、情報を求めて話を振られてびっくりしたりもした。自分ももうそういう立場なのだろうか。)

 

とにかく、よい講座でしたよ。(高いけど)

というお話なのでした。